「第41回 故郷を守りながら」
楽人File(41)
石川勝一さん
36
歳
そば処しずか・羅臼町商工会青年部長
観光地・知床で、町らしい街並みが広がる羅臼。「まだ小さかった頃の自然が、そのまま残っているという感じですよね」。そう語るのは、羅臼のメインストリートでそば屋を営む石川さん。こだわりのそば屋は、石川さんで3代目です。羅臼生まれ、羅臼育ちの石川さんは、修業で一度町を離れますが、この町が大好きで8年前に帰ってきました。そうして今では、羅臼町商工会の青年部長を務めます。「羅臼は、自然を残すことで町の活性化に繋がるし、そうでなければ観光客も来ない」と石川さん。まもなく「何か町にできないか…」と、青年部で考え、自然保護を呼びかけ、羅臼の新たな写真スポットになる手作りの立て看板を作り始めます。「開発と自然保護…この両立は難しいけど、少しずつ焦らずゆっくり考えたい」。青年部の思いが胸に伝わってきました。
「第40回 五感を使って」
楽人File(40)
横内正元さん
45
歳
知床自然愛護少年団長
ウトロの小中学生が参加する知床自然愛護少年団では、四季を通して知床の自然を観察したり、触れたり、遊んだりして自然のルールなどを学ぶ活動をしています。横内さんは団長をつとめて10年目。子どもたちに、「知床にいる意義、知床の良さを分かってもらいたい。五感を使って感じて、自然のバランスを感じ取ってほしいんで す」と常々思っています。さらに団長は、2児の父でもあります。まだ少年団に入れない我が子ですが、常に少年団の活動と同じ体験をさせるようにしているとか。「人間は自然の中で生まれ、生きて行く…という感覚を身に付けてもらいたいね」。なぜなら、知床の自然を守って行くのは、この子どもたちだから…。
「第39回 情熱の昆布」
楽人File(39)
天神幸吉さん
36
歳
羅臼昆布漁師
7月の後半から8月まで続く羅臼の昆布漁。お盆も終わるとシケが続き、漁は厳しく なります。しかし、残り少ない漁だからと、悪条件でも天神さんは荒海に出ます。羅臼昆布は、全国に名を馳せる一級品で、天神さんは、「頭からシッポまで全部おいしいんです。どこからでもダシが出るんですよ」と、胸を張ります。また、天神さんは昆布漁師2代目で、まだ5年目の新米。しかし、彼の昆布にかける情熱に、若い衆は親方と慕います。「昆布漁は面白いんだよね…」。まだまだあと30年は昆布を獲り続けたいという天神さん。知床の海がある限り、天神さんの漁は続きます。
「第38回 23年見守って」
楽人File(38)
小林昭忠さん
63
歳
丸ト田中水産船頭
羅臼町相泊から道なき道を6時間歩くか、船でしか行くことのできない羅臼町モイレウシ。ここに1軒だけ建つのが、サケマス定置網、丸ト田中水産の番屋です。この季節に、ここで生活するのは11人の男たち。メンバーの一人、小林昭忠さんはベテランの船頭で、23年間ここで見守っていることが…。それは、羅臼町の小中学生が自分の足で知床岬を目指す羅臼町の一大イベント“ふるさと少年探険隊”。というのは子供たちのベースキャンプ地が、小林さんの住むモイレウシなのです。「1回目から見続けているよ。孫みたいでね。ケガでもしてないかと心配で…」。今年も、そんな待ちに待った第一陣がやって来ました。子供たちが歩きやすいよう小川さんは川に橋を作るなど、22人の子供たちを見守ります。
「第37回 森の再生を」
楽人File(37)
橋本勝さん
54
歳
森の番人
しれとこ100平方メートル運動をご存知ですか。70年代に乱開発から知床の緑を守り、森を再生しようという運動のことです。植樹していく場所は、開拓の跡地。苗圃(びょうほ)と呼ばれる、草木の苗を育てるための畑で成長した木々を、ここに植えていきます。「僕らは、森を作るのではなく、自然の再生能力を高める応援をするんです」。そんな橋本さんを悩ませているのがエゾシカ。大木になるまで数百年もかかる木の皮を、彼らは一瞬のうちに食べ、枯らせてしまいます。「だから苗圃で、ある程度まで育ててから植樹するんです」。シカ対策をしながらの地道な森づくり。「いろんな生き物が一緒に棲める森にしたいですね」。橋本さんの眼は、未来を見つめます。
「第36回 安らぎのために」
楽人File(36)
太田久信さん
67
歳
熊の湯愛好会会長
羅臼の人気温泉“熊の湯”。ここは、町内の有志で構成する熊の湯愛好会の皆さんが、日々清掃するなど管理しています。朝5時半。有志と近くのキャンプ場に宿泊し、この温泉を利用する人々は清掃を始めます。「みんなに感謝しているよ」と愛好会会長の太田さん。というのも、この春、熊の湯はポンプの故障により湯量が激減するという災難に遭いました。それを全国の有志が募金して260万円集まり、新しいポンプを購入、存続が可能になったのです。太田さんは言います。「朝、熊の湯から始まって、晩、熊の湯に入って終わる。まさに安らぎの場だね。家の風呂になんて入った事ないよ」と。そこには愛されている熊の湯、愛し続ける人々の姿がありました。
「第35回 旅のように」
楽人File(35)
関口均さん
48歳
岩尾別YHペアレント自然ガイド
その昔、リュック一つで旅する若者をカニ族と呼んでいました。彼らが集うのは、ユースホステル。「昔は若者が旅文化を作っていたんだよね。今はもうすたれちゃったけど」。こう話すのは、30歳の時、知床・岩尾別ユースホステルのペアレントとなった関口さんです。旅人の世話をしているうちに、知床の美しさに魅せられ、自然ガイドとなり、現在では、2足のわらじを履いて、知床の奥深さをユースホステルのホステラーや観光客に伝えています。にもかかわらず、「まだまだ知床に慣れなくて…。なかなか近づけないんだよね」。そんな関口さんは、知床に住みながら、知床を旅する旅人のよう…。こうして今日も、知床の魅力を探ります。
「第34回 知床を見つめる」
楽人File(34)
法量武さん
70歳
山小屋管理人
登山をする者にとって、一度は登ってみたい羅臼岳。その羅臼岳岩尾別ルートの登山口にある山小屋「木下小屋」には、登山する客と、降りてきた客が集まります。ここを20年もの間、管理しているのが法量さんです。旧国鉄を退職してからというもの、木下小屋を守ってきました。「最近は登らなくなったけど、こんな恵まれた環境はほかにはないですね」と法量さん。そんな法量さんの、世界遺産が決まった知床への思いは複雑です。「世界遺産登録は、誇りです。でも、人が入ることで消えるモノもあるかもしれないという寂しさはあります」。知床を見つめ続けてきた男の一言は、私たちの心に重く響いてきました。
「第33回 パワーの源」
楽人File(33)
相原晋一さん
50歳
ミュージシャン・ウニ漁師
ウトロに住む相原さんのお宅には、音響機材がズラリと並んでいます。というのも相原さんは、知床ウトロを拠点に活動する作曲家であり、バンドマン。若かりし頃は、東京で岩崎宏美や松田聖子のバックでギタリストも務めていました。「でも、これはあくまで趣味の範ちゅう。基本的にはウニ漁師なんです」。そう語る相原さんは、29歳の時、父親の具合が悪くなり、知床に帰ってきました。「悩んだし、逃げ出そうとも思ったけれど、こういう人生も正解だと思ったんです」。ウニ漁師にミュージシャンに趣味のバイク。知床だからこそ、生きていく時間配分ができると相原さん。「知床自体が自分のパワーの源になっていますね」と語ってくれました。
「第32回 人生を賭けて」
楽人File(32)
松本武雄さん
72歳
斜里町ウトロ在住
今や知床ウトロは、素晴らしい泉質を誇る一大温泉観光地。ウトロ一帯の土地を持つ松本さんの畑からも、1973年に温泉が出ました。「朝起きたら、お湯が吹き上げていたんだよね。もうビックリして。でもそれを見た瞬間、農家をやめたんだよ」。長年農業に携わっていた松本さんですが、地域のためになればと、その後は温泉掘りに参加し、温泉の管理をしてきました。そうして、これまでに11本の温泉を掘ったのです。現在、4本の温泉は1カ所に集められ、各ホテルに豊富なお湯を供給。現在は温泉管理から一線を退いた松本さんですが、今なお、見守り続けています。それは、温泉に人生をかけてきたから…。
「第31回 ふるさと少年探険隊」
楽人File(31)
濱屋修司さん
50歳
漁師・ふるさと少年探険隊隊長
羅臼町地岬漁業生産組合の組合長を務める濱屋さんは、ふるさと少年探険隊の隊長でもあります。探険隊は、羅臼町に住む小中学生で結成され、夏に5泊6日、知床半島の道なき道を歩き、キャンプや釣り、岩上りなど、様々な野外体験をして過ごします。「辛い5泊6日だけど、終わった後の達成感や充実感に溢れた子供達の顔が見たくて。やっぱり辛さを知ってはじめて人の痛みが分かると思うんだよね」。今年で23回目を迎える探険隊。5代目隊長の濱屋さんは、漁の忙しい合間を縫って今年も参加します。それは、明日の羅臼を担う子供達のため。探険隊の意義はとても大きいのです。
「第30回 世界中の人に」
楽人File(30)
小林広幸さん
5
1歳
ゴジラ岩観光社長
スケソウダラ漁の漁師だった小林さんが、羅臼での減船をきっかけに、観光業に転身したのは10年前。漁師だったキャリアを生かし、今では、ゴジラ岩観光という会社を立ち上げ、夏はウトロで断崖絶壁を見せるクルーズが、冬は羅臼で野生動物のウォッチングクルーズが評判を呼んでいます。特に、ヒグマの遭遇率が7割というこの季節、断崖絶壁巡りクルーズは観光客にも人気。「漁師の時は気付かなかったけど、改めて知床のすごさに感動してね。こんな素晴らしい景色を世界中の人に見せてあげたいですね」と、小林さんの知床を愛する気持ちが伝わってきました。
「第29回 命の故郷」
楽人File(29)
加藤登紀子さん
6
1歳
歌手
1966年にデビューした歌手・加藤登紀子さんは、69年「ひとり寝の子守唄」と71年「知床旅情」で、日本レコード大賞歌唱賞を受賞しました。知床旅情は、お登紀さんの代表曲、「この曲は嘘がつけない難しい曲なのよね…」と彼女は言います。5月21日、彼女の芸能生活40周年記念コンサートが知床斜里で行われ、ここでもお登紀さんはこの曲を歌い上げました。そう、知床は彼女にとっても思い出深い土地なのです。「知床は、奇跡のような命の森。命の誕生の故郷。この故郷をこれ以上なくさないために、私達も大切にしなければならないし、地元の人々にも守ってくれる感謝を伝えなきゃね」と、知床への思いを語ってくれました。
「第28回 出会いは宝」
楽人File(28)
志賀謙治さん
81歳
元羅臼町助役
羅臼を最初に有名にしたもの…といえば、動物作家・戸川幸夫氏の小説「オホーツク 老人」と、これを映画化した森繁久弥主演「地の涯てに生きるもの」があります。特 に、映画制作では、町全体(当時は村)がバックアップしました。その中で、志賀さ んは名裏方となって、記録写真を撮ったり、名曲「知床旅情」が誕生した瞬間をカメ ラにおさめました。そんな志賀さんは、今なお故・戸川氏の家族と親交が深いのだそ う。「あの2人がいたから、知床は国立公園になって、今回世界遺産登録にもなり得 たと思うんだよね」と志賀さん。彼らとの出会いが、志賀さんにとっても、羅臼に とっても宝になったことは言うまでもありません。
「第27回 知床の百科事典」
楽人File(27)
石見公夫さん
64歳
喫茶店「知床倶楽部」代表
地元客と旅人のオアシス「知床倶楽部」。マスターの石見さんは、店名と同じ名前で インターネットのホームページを作っています。その情報は実にバラエティに富んで、自然や景色などの観光情報のみならず、生活に必要な情報も細く載せています。「羅臼には、いろんな話題があって…。それを追いかけているうちに増えたんだよね」と石見さん。そんな彼がいま懸念しているのは、羅臼名物の無料温泉“熊の湯”のこと。温泉汲み上げのポンプが老朽化し、存続の危機を迎えています。そこで、資金を集めるため、ホームページで全世界に呼びかけています。もちろん、これも羅臼を愛しているから。「羅臼は磨けば光るんだよ」という石見さんの夢は、インターネットで羅臼の可能性を探ることだとか。
「第26回 海も山も」
楽人File(26)
大木篤志さん
58歳
遊漁船業
第15光篤丸は遊漁船。その船主、大木さんは、釣り客やアマチュアカメラマンを乗せ毎日海へ出掛けます。大木さんが案内する知床半島は、「四季折々の動物や景色が必ず見られる」と常連客を中心に評判です。それもそのはず、大木さんはかつて昆布漁師であった同時に、トドやアザラシ、クマを撃つハンターでもあったのです。こうして、海陸両方の生き物の生態や地形を身につけ、獲物を追い続けたことで、大木さんの眼は鍛えられていきました。 春の知床。季節外れの流氷に見つけたアザラシ、冬眠から目覚めたヒグマ。「撃つより写してもらいたい」。彼の眼は、今日も動物たちを捉え、私たちを案内してくれます。
「第25回 主婦の視点で」
楽人File(25)
桜井あけみさん
49
歳
主婦
四季を感じながら、生きることに緊張感を持って生活がしたい、と知床に移住して2 0年。主婦でありながら、桜井さんは、日々の生活で、自然保護やまちづくりを考えます。例えば、「去年咲いたヒトリシズカに、洗剤の入った水を掛けたら死んでしまったんですね。すると、この洗剤って何だろうって。自然と私たちはものすごく関 係深いなって感じます」。また、絵が趣味で、桜井さんの絵が知床のある有名ホテルの絨毯のデザインになったことが。絵を描くこと、生活することで、感じる知床。主婦の視線で、まちづくりをしていきたいと桜井さんは語ります。
「第24回 たどりつくべき場所で」
楽人File(24)
二部 藜(にべ れい)さん
61
歳
彫刻家・全道展会員
創作の場を知床・斜里に移して2年。二部さんにとって知床は、「生きるべき場所であり、死ぬべき場所。そこにようやくたどり着いた」と話します。道内で数々の作品を創作してきた二部さんですが、「今までは、人に喜んでもらうための芸術でした。でも知床に住んで、人のためではなくていいじゃないか。我々を育ててくれた、海や山、太陽の光など、自然に喜んでもらえる彫刻を作りたい」と次第に考えが変わりました。札幌市出身の有名彫刻家・本郷新に学んだ彫刻家はいま、知床の地を日々歩き、足の裏から知床の地に生きた先人に思いを馳せ、自然に感謝する作品作りに日夜励みます。
「第23回 知床に抱かれて」
楽人File(23)
鈴木謙一さん
38歳
知床オプショナルツアーズ代表
「冬が去るのを自分の目で見て確認できる。そんな場所は、知床くらいなんじゃないかな…」。千葉県出身の鈴木さんが、知床に移住して15年。「ガイドは天職」と、現在、ネイチャーガイドの会社、知床オプショナルツアーズの代表を務めます。そんな鈴木さんは冬が大好き。冬の厳しさを知っているからこそ、春の美しさが分かるんだと教えてくれます。「自然界に、無駄なものは何一つないんです」と、自然に日々学び、その素晴らしさを観光客に伝える鈴木さんは、自分が一番の知床のファンだと自負します。
「第22回 新しい魅力を」
楽人File(22)
藤崎 達也さん
35歳
ラジオキサラ代表
エコツアーのNPOを主宰するなど、知床に常に新風を吹き込む男、藤崎さんは、去年、インターネットラジオ局“ラジオキサラ”を開局しました。キサラとは、アイヌ語で「耳」を表し、アイヌ民族の音楽を大切に発信したいという藤崎さんの想いが込められています。「アイヌ民族の世界観を知り、どうやって自然と折り合ってきたのかを学びたいんです。また、それを新しい音として次世代に伝えたいですね」と藤崎さん。アイヌ民族の文化を取り入れて発信すること。それはいま、藤崎さんが最も情熱を傾けていることです。
「第21回 永遠のテーマ」
楽人File(21) 2005 3/20 O.A.
関屋 敏隆さん
60歳
絵本作家
学生時代に知床へ来たことで、「将来の夢をつかめました。だから今も知床にこだわるんです」と話すのは、千葉県在住の絵本作家、関屋敏隆さん。関屋さんは、自らの目で見て、体験したことをベースに、“型染め版画”の手法で、絵本を制作します。
こうして完成した作品は、数々の世界的な賞を受賞。そうして現在、知床にゆかりのある4作目の絵本「楽園」を制作中です。なぜ関屋さんは、いまも知床を描き続けるのでしょうか…それは、「知床には、絵を描く者にとって、永遠のテーマがあるから。書きたいものがここにあるからなんです」。
「第20回 海からのメッセンジャー」
楽人File(20) 2005 3/13 O.A.
関 勝則さん
50歳
水中写真家
羅臼に移住して17年。1年の潜水回数がなんと200回以上という関さんは、世界的に有名な水中写真家です。そんな関さんは、「四季を通して、毎日見る風景も生き物も変わります。こんなバラエティに富んだ海は、世界でも数少ないですね」と、知床の海の魅力を語ります。彼が海の中の写真を撮る理由は2つ。1つは、海の記録者として。もう1つは、アーティストとして。「僕は海からのメッセンジャーだと思っています」。この使命ともとれる思いを胸に、今日も関さんは知床の海の素晴らしさを写真におさめるため、海に潜ります。
「第19回 海で生きる」
楽人File(19) 2005 3/6 O.A.
高木 規好さん
44歳
漁師 MEPS代表
「俺たちは、海が青くても白くても、ここで生きているんだ…」。そう語るのは、ウトロの漁師で作る“マリンエンタープライズプロジェクト知床”代表の高木さん。本業はサケマス定置網の親方です。流氷が接岸し、漁ができない冬の間、何かほかのものはと、流氷を歩くツアーを1999年に始めました。ここでは、漁師の目線で、知床の海の楽しみ方や付き合い方を教えてくれます。高木さんは、まさにブルーツーリズム(島や沿海部の漁村に滞在し、心と体をリフレッシュさせる余暇活動の総称)の実践者。これも海を知り尽くした男ならではですね。
「第18回 熊とともに生きる」
楽人File(18) 2005 2/27 O.A.
鹿又 知子さん
49歳
民宿「熊の入った家」女将
昭和61年、羅臼の民家に熊が入り、家にあった食料や酒を食べていった…という珍事件をご存知ですか。その被害者が、現在、民宿「熊の入った家」を切り盛りする鹿又さんです。鹿又さんは、この時、熊に飲まれた酒代を稼ごうと思い、民宿を始めました。ですが、「また熊が来るかもと思うと怖くて…」と、当時受けた衝撃は今も忘れられません。それでも、このことを機に、熊についていろいろ調べ、考えが変わったと言います。「熊は熊。人間は人間。それが当たり前」。そうして、熊との共存がいかに大切かを教えてくれました。
「第17回 歴史の語り部」
楽人File(17)
2005.2/20 O.A.
佐藤 盛雄さん
76歳
羅臼町在住
佐藤さんは、羅臼開祖といわれる佐藤久右衛門の子孫です。20代の時、青年団の仕事で、役場や事務所などを歩き回って、羅臼にまつわる資料を集めたり、村の長老たちに話を聞いて、『羅臼村郷土史』を編さんしました。かかった月日はおよそ2年。しかも、こうして佐藤さんがまとめた郷土史は思わぬ名作を生むことに…。というのも、この郷土史がきっかけで、作家・武田泰淳氏が、名作「ひかりごけ」を発表するに至ったといいます。歴史の語り部たる佐藤さん。羅臼へのこの上ない愛情が、この偉業を支えたのです。
「第16回 鍛えられる日々」
楽人File(16)
2005.2/13 O.A.
石田 理一郎さん
34歳
番屋北浜管理人
羅臼で2度目の冬を迎えた千葉県出身の石田さんは現在、羅臼市街から17キロ離れた場所にある民宿・番屋北浜の管理人をしています。「普通に生活しているだけなんですけどね。刺激的な日々です」と石田さん。雪かきや、水汲み…。決して楽ではない冬の知床の生活ですが、こういった生活に、あえて挑戦し、石田さんは「自分が鍛えられるような気がします」と話します。寒さ厳しいこの冬を越し、さらに石田さんは鍛えられ、強くなるのですね。
「第15回 スケソウダラ漁」
楽人File(15) 2005.2/6 O.A.
川上 功さん
62歳
第53恵比須丸 船主
冬、羅臼の漁業は、スケソウダラ漁が主力。羅臼と国後島の間は、水深があるため絶好の漁場で、いまから十数年前は、スケソウダラが獲るに獲れ、かつては、「スケソウバブル」と言われた時期もありました。しかし現在は、「昔に比べて10分の1しか獲れないんです」と川上さん。その原因の一つが、ロシアのトロール船(海底にトロール網を引きながら航行し、魚類の捕獲を行う船「広辞苑」)による乱獲です。こうした問題はまだありますが、これからは「資源を守りながらの漁業」に取り組まなければならないことを学びました。
「第14回 知床で生きる」
楽人File(14) 2005.1/30 O.A.
吉川 和成さん
49歳
ゆきむし工房店主
熊本出身の吉川さんは、20代の時、自分を冷静にみつめ直そうと、初めて旅に出ました。こうしてやって来たのが北海道です。吉川さんは、木彫りのアルバイトをしながら、知床で人生について真剣に考えたと言います。やがて、「生きること」を考えているうちに、自然からの恵み、人から得られる恵みに素直に感謝できるように…。そうしていま、「誰に強いられるわけでもなく、自分で選択して、生きるという実感がここにはありますね」と語ります。知床に住んで約20年。日々葛藤し、得たものが、吉川さんをより深みのある人間にしたことは言うまでもありません。
「第13回 僕らの使命」
楽人File(13) 2005.1/23 O.A.
雷鼓(らいこ)
ロックバンド
昨年1月、かの名曲「知床旅情」をカバーして、全国デビューしたロックバンド「雷鼓」は、メンバー6人全員が知床出身。「何もない所だけど、発想の源であり、自分に帰れる所であり、宝でもあるのが知床」と語るのは、リーダーでボーカルのhidemix。また、彼の弟で、ボーカル・ギターを務めるハルは、「宝物だと思っている知床を、素直に表現することが、僕らの使命だと思っています」と、思いを口にしてくれました。聞く側に元気を与えてくれる彼らの歌。その曲作りのベースには、知床への思いがあったのですね。
「第12回 住民の思いは」
楽人File(12) 2005.1/16 O.A.
松本 鉄男さん
61歳
ウトロ自治会会長
観光客にはかわいいエゾシカも、ウトロ住民には悩みの種。世界自然遺産登録を前に、住民たちは、大きな問題を抱えています。シカに庭木を食べられ、幹で角を研いで木が枯れるなど、住民は多大な被害を受けています。そんな住民の声をくまなく集め、行政にも様々な提案をしているのが、ウトロ地区リーダーの松本さんです。「シカの被害は、単なる住民だけの問題ではない」と松本さん。シカが雪を掘り、土を起こし、草や木の根を食べることで、やがては知床の地形や生態系を変えてしまうと危惧し、問題解決のため松本さんは日々奮闘します。
「第11回 知床から世界へ」
楽人File(11) 2005.1/9 O.A.
町田 義隆さん
44歳
知床三左ヱ門本舗くわはら商店社長
魚の城下町・羅臼で、町田さんが、いち早くインターネットによる魚類の通信販売を始めたのは8年前。いまでは購入者の約7割がネットユーザーで、北海道のみならず、全国の食通をうならせています。種類豊富な新鮮で珍しい海の幸を、「添加物を一切使わずに、天然の調味料だけで加工する」。この手間暇が、こだわりだと町田さんは語ります。そんな町田さんは、この街を世界遺産登録することで、さらに素晴らしくなる海の恵みを、より良い形で世界に届けていきたいと話してくれました。
「第10回 日本の美は知床に」
楽人File(10) 2004.12/19 O.A.
本田 剛嗣さん
50歳
知床窯代表
知床仙人の異名を取る本田さんは、知床でただ1人の陶芸家。日々、この地で創作活動に励みながら、日本の美を追求しています。「焼き物を作る上で、最終的に目指しているのは、日本人として日本の焼き物を作ること。日本の美は、切り詰めた所に美しさがあって、それが知床にはあるんです」。こう語る本田さんの作品には、厳しい自然の中で、余計なものがそぎ落とされた美。それでいて、暖かくもしっとりと馴染む美しさがあります。「一つの意志を持った生き物」。それが、本田さんの考える知床です。
「第9回 都会ではなく」
楽人File(9) 2004 12/12 O.A.
佐々木 豊幸さん
57歳
飲食店経営
以前、北見や札幌の広告代理店に勤めていた佐々木さんは、仕事で道東を巡るうちに、知床の雄大な自然が気に入り、住んでしまったと言います。「知床って、人間のふるさとだよね。コンクリートジャングルは好きじゃなくて…」。そんな佐々木さんが、都会を離れ、ウトロで知床料理屋「車馬道(しゃばどう)」を開いて11年が経ちます。「このお店で、都会の人と地元の人が、知床を共感しあってくれればいい」。そんな思いを込め、今日もお客を迎えます。
「第8回 50年という歴史」
楽人File(8) 2004 12/5 O.A.
鈴木 惠子さん
64歳
まるみ食堂女将
羅臼で一番大きな食堂、まるみ食堂は来年で開店50年目。町民に愛されるこの食事処は、鈴木さんが中学生の頃、母親と2人で始めました。その後、鈴木さんは18歳で結婚しますが、漁師だったご主人が沖で遭難し、帰らぬ人に…。さらに追い討ちをかけるように、お店は水害に遭います。度重なる不幸に、羅臼を後にしようかとも考えた鈴木さん。しかし、「やっぱり離れられなかったんです。主人が羅臼生まれの人だったから…」。それからというもの、夜も寝ずに働き続け、44歳の時、ご主人が生まれたこの地に、食堂を再開。こうしていまも、鈴木さんは現役で店を切り盛りします。
「第7回 私のふるさと」
楽人File(7) 2004 11/21 O.A.
豊田 麻美さん
26歳
代替教員
親の転勤が多く、ふるさとと言える土地がなかったという豊田さんは、学生時代、初めて羅臼を訪れ、その魅力にハマったと言います。卒業後、迷わず羅臼に移住し3年半。現在は、全校生徒44人の飛仁帯(とびにたい)小学校で代替教員として働きます。そこで、都会に憧れる子どもたちに、“羅臼の良さを伝えていくこと”が、彼女の務めだと言います。「豊田さんにとって羅臼とは」と聞くと、もちろん“ふるさとです”と答えてくれました。
「第6回 海を宝に」
楽人File(6) 2004 11/14 O.A.
湊屋 稔さん
41歳
(有)らうす海洋深層水代表
「故郷だし、元々羅臼には強い思いがあって…。この町がもっと活気づくようにしたかったんです」と語る湊屋さんは5年前、漁協の仲間と羅臼の海に眠る海洋深層水を、北海道で初めて製品化しました。また現在は、漁師と会社経営という2足のわらじをはき、「生産者と消費者、その間に立って、本物を作り届けていきたい」と語ります。“より地域に密着した挑戦”これが、湊屋さんの今後の目標です。
「第5回 次世代のために」
楽人File(5) 2004 11/7 O.A.
綾野 雄次さん
44歳
彫刻家
学生時代に道内旅行で見た、土産物屋の木彫りに興味を覚え、彫刻家を目指したという綾野さん。そんな綾野さんの作品は、明るい色使いで、身近な動物や鳥をモチーフにしています。また、子どもができたことをキッカケに、防腐剤や有害ワックスを使わない、「子どもが口に入れても安全なおもちゃ」の制作に励み、評判を呼んでいます。
「第4回 今なお、温故知新」
楽人File(4) 2004 10/24 O.A.
赤澤 茂蔵さん
71
歳
知床写真クラブ代表
約40年前、ウトロで初めて土産物店を開いたのが、ウトロ生まれ、ウトロ育ちの赤澤さんです。残念ながら、現在お店は営業していませんが、ここで観光客から知床の良さをたくさん教えてもらったといいます。そんな赤澤さんの一番好きな風景は、“断崖”。「風雪に耐えているからね…。自分もそうなりたいな…」と話してくれました。
「第3回 生命を育む」
楽人File(3) 2004 10/17 O.A.
田村 英士さん
46歳
職業:農業
自給自足の生活に憧れ、知床へやって来た田村さんは、斜里町・斜里岳の麓でニワトリ1000羽以上、ブタ20頭を飼育して生活します。道内産の飼料で育てられた健康なニワトリの、安心で安全な卵たち。これを田村さんは、「当たり前のこと」と言い、その姿勢からは、生産者としての意識の高さがうかがえました。
「第2回 歴史は語る」
楽人File(2) 2004 10/10 O.A.
涌坂 周一さん
52歳
職業:羅臼町郷土資料室室長
涌坂さんは様々な研究を1人で続ける町一番の歴史を知る人物。そんな涌坂さんが、まだ発掘されていない、トビニタイ文化の遺跡がある場所へ案内してくれました。「これは未来の人々への宝物。技術が進歩した未来に発掘してほしいんです」と、夢を語ってくれました。
「第1回 道なき道へ、勇気の一歩」
楽人File(1) 2004 10/3 O.A.
杉山 栄治さん
77歳 羅臼町在住
職業:損保代理店経営
羅臼側からの登山ルートがなかった約50年前、難関の羅臼岳を2泊3日かけて登った杉山さんは、羅臼山岳会の草分け的存在。初めて見た羅臼岳からの光景に感動し、以来その魅力にはまった。現在杉山さんは、“知床を世界自然遺産に”を目指し奮闘しています。
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